救急医になるためには? 救急への情熱!そして3つの能力 -医学生・医師だったら誰だって!ー
「臨床は向いてないから研究者になったら?」
「救急医は向いていないからゆっくり患者と向き合える診療科にしたら?」
「(アメリカへの留学を相談すると)海の藻屑になるよ!」
私がキャリアの転機で先輩方から実際に頂いた言葉の一部です。このような厳しい言葉をいただいてきたからこそ、今日まで駆け抜けてこられたのかもしれないなと思うと、ガソリンのような役割を果たしてくれた先輩方には、感謝の気持ちでいっぱいです。
「救急医にはなれないかもしれない」と思うこともあった私が、「誰でも救急医になれる!」と主張するのはどうしてか。今回は、救急医にとって「無尽蔵な体力」や「オールマイティな知力」よりも大事な「3つの能力」を説明しましょう!専門領域をこれから決めるような若い読者の方々だけでなく、医療の道を究めようとするすべての方々が知っていて損はないと思います。「3つの能力」は以下の通りです。
(1)Grit 「やり遂げる力」
(2)Reflective practice 「省察的に実践できる力」
(3)Positive mindset 「前向きな考え方」
順に解説していきます。1つ目のGritは、評価指標として教育の分野で注目されている能力です。具体的には、『継続的な努力を続け、物事を最後までやり遂げる力』を意味します。Duckworthらは論文で、過酷な米国陸軍士官学校を卒業していく学生と中途退学をする学生について、Gritを用いたほうがIQを用いるよりも正確に予測をできると報告しました1)。そんなGritは、医学教育においても注目されています2)。オーストラリアのある研究3)は、「入学試験の結果が基礎医学の試験の成績を予測することが可能」であったことと「医学部入学後のパフォーマンスを的確に予想するのがGritと相関する高校時代の成績」であると示しています。
これらの結果や卒後教育の他の研究の結果を総合すると、「つらい士官学校の生活のみならず医師のキャリアにおいて、いわゆる典型的な才能であるIQに加え『継続的にやり遂げる力(Grit)』が大事」と分かります。プロスポーツで活躍する選手が「同年代には自分より才能のあった選手はいたが、いまはプロの世界で活躍していない。自分が今の立場にいるのは、目標をもって諦めずに努力した結果だ」という趣旨の振り返りをよく話しています。私の好きなサッカーの中村俊輔選手が同じことを言っているのを見たことがあります。彼は40歳を迎える今年もJリーグの第一線で活躍しています。
医師のキャリアも同様です。Gritは少し柔らかく言い換えれば「好きこそものの上手なれ!」であり、継続的な情熱をもって打ち込むことが、大変重要なのです。
(2)Reflective practice 省察的実践
では、情熱的に練習すると誰でもプロのスポーツ選手になれるのか?というと残念ながらそうではありませんよね。成功するため、次の扉を開く鍵はメタ認知(高次の認知)です。メタ認知とは、「自身の認知や行動を対象として認知すること」です。つまり知覚、記憶、学習、言語、思考などをしている自分自身を、客観的にみつめることと言えます。自身の状態を認知する重要性は、医学教育でも指摘されています4)。『プロになるには10年間、もしくは1万時間の練習が必要である』ということを聞いたことのある人は多いのではないでしょうか?
一方、世の中には10年楽器の練習をしてもプロになれない人がたくさんいます。この違いはどこから来るかといえば、練習の方法にあるということになるでしょう。高いパフォーマンスを出すことのできるプロフェッショナルは、自己を振り返り、現状を認識して、目標設定した上で日々の練習に臨むという、繰り返し理想的な状態にたどり着くのです。サッカー中村選手のファンであれば、彼が練習や試合での気づき、プレーのアイディアなどを長年「サッカーノート」に記していることを知っています。医学教育においても例外ではありません。ただ単に、必要手技を何例、卒後研修を何年という“量”をこなすのではなく、一度ずつ、しっかり振り返り、メタ認知をして次に活かしていくReflective practice (省察的実践)をする能力が大事になるのです5)。
最後は(3)Positive mindset 前向きな考え方です。「幸せ ⇒ 成功」と書いてある看板を思い浮かべてみましょう。いやいや人間の性格は変わらないよ、とあなたはおっしゃるでしょうか。簡単に「前向きに」とばかり言っていると、自分の「パフォーマンスギャップ」を正確に認識できなくなって、結局成長しない医師になってしまうんじゃないですか?という意見があるかもしれません。
成功する人が幸せになるのか、幸せな人が成功するのか、という問いに対する答えは、簡単ではありませんが、先程触れたように「幸せ ⇒ 成功」なのではないかと考える方がたくさんいらっしゃるかもしれません。しかし、さまざまな調査・研究の結果から論理的に説明できるのは、「幸せ ⇒ 成功」のほう、つまり「前向きな考え方の重要性」の方だけなのです。
興味深い研究があるのでご紹介します。中学一年生373名を追跡調査したところ、“自分は成長できる”と信じている「成長のマインドセット」を持つ中学生と、自分はあまり成長できないと信じている「固定のマインドセット」をもつ中学生に分けて2年間追跡した結果、成績が良かったのは成長のマインドセットの学生であったという報告です6)。中学生くらいであれば、前向きなほうが当然良い結果に結び付くとお感じでしょうか。セリグマンらは同様のデザインで成人を対象に研究し、同様の結果を得ています7)。
いかがでしょうか?やはり、あらためて「誰でも救急医になれる」とお伝えします。言い換えれば「誰でも自分のなりたい専門医になることができる」と私は考えています。自分自身が、そして指導医が、1人1人の医師の可能性を信じ、諦めず、客観的に自分を見つめながら前向きに進んでいくことが、長い医師のキャリアの上でとてもとても大切なのです。「私は〇〇医になりたい」「私は〇〇のような医療者になりたい」と考え続けられているあなたは、理想に一歩ずつ近づいているのです。
(参考)
(1) Grit: Perseverance and Passion for Long-Term Goals
Journal of Personality and Social Psychology, 2007, Vol. 92, No. 6, 1087–1101
(2) Reassessing student potential for medical school success: distance traveled, grit, and hardiness.
Mil Med. 2015 Apr;180(4 Suppl):138-41. doi: 10.7205/MILMED-D-14-00578.
(3) Predicting success in medical school: a longitudinal study of common Australian student selection tools
BMC Medical Education (2016) 16:187
(4) Thinking about thinking: changes in first-year medical students' metacognition and its relation to performance
Med Educ Online. 2015 Aug 26;20:27561
(5) Effectiveness of a cardiology review course for internal medicine residents using simulation technology and deliberate practice.
Teach Learn Med. 2002 Fall;14(4):223-8.
(6) Implicit theories of intelligence predict achievement across an adolescent transition: a longitudinal study and an intervention.
Child Dev. 2007 Jan-Feb;78(1):246-63
PMID: 17328703
(7) 幸福の研究 P.214 デレック・ボック 東洋経済新報社 2011年