takshigaempのブログ

救急医!志賀隆 Takashi Shiga MD MPH

米国救急専門医です! たらい回しをなくしたい!ヘルスリテラシー・情報格差の改善を!元気で個性的な人材を育成をしたい! ※発言・文章は個人のもので組織のものではありません

救急車は有料・無料どちらがいいのか?

私は今の医療資源のまま救急搬送が無料であることは困難だと思っています。そのため
 
「所得・小児・高齢・重症に配慮しつつ有料化が良いと考えています。」
救急救命士がアセスメントの後に自力での来院を促すことを可能にすることも検討すべき、と考えています。」
 
救急車の有料化で顕在化するリスクとは?

 

現在は、「夜間・休日手当て」のような形で通常の診療時間外に受け入れた救急搬送分に補足的な診療報酬を付け、患者さんにも若干の自己負担を求めていますが、全ての救急搬送を有料にした場合、どのような影響が出るのでしょうか。一番声高に言われるのが、「受診控えが起きるのではないか」です。

 

仮に有料化へ踏み切った場合、設定する金額によっては、本当に必要な場合でも救急車を呼ぶのを控える可能性があるでしょう。患者の容体が悪化してから病院に運ばれてくるような事態を増やしかねないのではないか、という懸念です。確かに、救急医療の現場の負担感を増やさないようにするという趣旨と真逆の結果を招くため、大変重要な意見だと思っています。

 

救急車の有料化によって必要な医療を最良のタイミングで受けることができない患者さんが出てくるのかどうか。医療費の自己負担割合が受療行動や健康アウトカムに与える影響について調べた研究は殆どありませんが、RAND研究所の研究結果[参考3]は、疑問に真正面からではないものの、側面的な回答を提供してくれます。3958人を対象に1974~1982年の間について自己負担の影響を実証的に調べています。さらに、この研究は医療保険の効果検証をバイアスの影響の少ないランダム化比較試験を用いて実証している点も画期的です。

 

気になる結果ですが、「無料の保険に入った人は、自己負担のある人に比べて外来受診も、入院も増えてしまう」という結論を得ています。一方、死亡などの重要なアウトカムでは、自己負担があった人と無料の人で差がありませんでした。つまり、医療費が無料の場合、必要のない受診を増やす可能性があるとの示唆です。ただ、本研究では高齢者が除外されているので、その点は注意しなければなりません。高齢者では、もともと癌や心疾患などを持つ割合も高く、経済的にも年金などによって生活しているため、必要以上の受診控えの可能性があるからです。また、医療制度などの仕組みが異なる海外の研究結果を、そのまま日本に当てはめるのは危険性への配慮も必要です。

 

日本では、現在慶応大大学院経営管理研究科准教授を務める後藤励准先生らが、小児の医療費に対する補助金と外来、入院の関係を検証した結果[参考4]が示唆を与えてくれます。補助金がある場合、所得の高い地域では入院全体が増え、中でも診断のための検査入院が増えました。所得の低い地域では、入院全体が減り、その中でも緊急入院や外来治療可能な疾患による入院が減りました。つまり、高所得層は補助金を文字通り補助的に使ってより充実した医療を求めたのに対し、低所得層では医療へのアクセスが改善したため当該地域の総医療費は増えたものの、入院医療費を減らしていました。

 

医療費に対する自己負担割合の増減が与える影響は、所得の違いにより現れるわけです。これらの研究結果から、救急車の有料化を考える際には

 

・高齢者への影響
・小児への影響
・所得水準

への配慮が必要と分かります。

 

主な論点は、

・有料化に向けた主体は総務省厚生労働省
・数値目標はどのように設定するか?
・どのような例外を設けるのか?
・負担はどの程度とするのか?
・悪影響のモニターはどのようにするのか?

などでしょうか。各論点について少しずつ検討していくことが必要と私は考えています。目標としては、現在の救急搬送件数がさらに増えないように、「軽症の救急搬送」を減らしていく方向性で検討するのが良いのではないかと私は考えています。

 

まずできることとしては、

救急救命士が患者の接触後に自力での受診をすすめることを可能にする

 「夜間休日救急搬送医学管理料」の増額と、時間帯の拡大ではないでしょうか?

この増額と適応拡大を行いつつ、患者さんに「夜間休日救急搬送医学管理料」というものが存在し、救急車の適正利用のために増額されている、という事実を周知していくことが必要だと思います。そして、特に軽症例、頻回受診などの抑制、また受診控え、にどのような影響がでてくるのか?データを検証すべきでしょう。

理想的には、全国一律の変更を行うよりも、地位毎に行いその比較をしていくことが検証の観点からは望ましいと思われます。しかし、実際には難しい可能性が高いと考えられます。その場合には、

 

・高齢者の多い地域とそうでない地域の比較
・小児の多い地域とそうでない地域の比較
・所得水準の高低のある地域の比較

などを行うことによって、救急車の有料化や診療報酬の増額による影響を検証できる可能性があります。

 

このような新しい試みを行う場合に、データをもってその影響を検証することが非常に重要であることは言うまでもありません。しかし、実際の導入の際には、複雑すぎる制度を作ると事務作業によって人件費やシステム構築費用が多くなってしまう可能性もある点にも留意しながらデザインしていくことが必要になるでしょう。同時に、救急救命士が傷病者と接触したあとに救急車を使って搬送をするのではなく、一般の受診を促すという取り組みもさらに検討するべきであると考えます。


(参考1)米国フィラデルフィアで救急搬送となった患者さんの支払い等に関する記事
(参考2)救急搬送に関するニューサウスウェールズ州の料金表
(参考3)RAND研究所による自己負担の割合の違いによる受療行動や健康アウトカムについての検証をした研究 Brook et al. Does Free Care Improve Adults' Health? Results from a Randomized Controlled Trial New England Journal of Medicine 309(23):1426-34
(参考4)小児医療費の助成は所得の低い地域では外来治療可能疾患の入院を減ることを報告した論文 Kato et al. Effect of reducing cost sharing for outpatient care on children's inpatient services in Japan. Health Econ Rev. 2017 Aug 15;7(1):28.