takshigaempのブログ

救急医!志賀隆 Takashi Shiga MD MPH

米国救急専門医です! たらい回しをなくしたい!ヘルスリテラシー・情報格差の改善を!元気で個性的な人材を育成をしたい! ※発言・文章は個人のもので組織のものではありません

それが家族の助けになるのなら…

 

「お義姉さん。ごめんなさい。」

涙を流しながら患者さんは謝った。

 

医療面:

Aさんは失神で運ばれた特に持病のない19歳の女性だ。救急外来に失神で運ばれる若い女性は多い。失神は心臓の不整脈であったり、胃潰瘍の出血からだったり、くも膜下出血の頭痛と一緒になったりなど命にかかわる病気のこともある。ただ、多くは神経調節性失神と言っていわゆる社会で「貧血」と呼ばれるものだ。この失神にいたる背景は色々とあって、疲労・睡眠不足・ストレス・月経からの不調など多種多様である。よくあるのは段々と気分が悪くなってきて、血圧が下がるにつれて眼の前が白くなったり、暗くなったりする。数分の症状の後に気がついたら倒れているのだ。

 

失神は倒れる前後の状況が重要だ。救急医は問診を追加した。Aさんが倒れたときに救急搬送を要請したのは、お兄さんの妻つまりお義姉さんだった。Aさんがパソコン教室に通うということで送ってあげようというところだった。お義姉さんは私を呼んで「先生ちょっと個室で話したいことがあるんです。」と言った。個室に移動すると「先生は私の考えるところAはパソコン教室には通っていないと思うんです。今日はだから教室まで送ってあげる、といったところだったの。」

この話を聞いて「あ、このあたりがAさんの失神の原因なのかもしれないな」と救急医は思った。

 

社会面:

少しづつお義姉さんの話を聞く。Aさんの社会背景は複雑だった。彼女は10代のお母さんで10ヶ月の赤ちゃんがいる。高校の同級生と結婚していて、夫の実家に同居しているのだ。実家には独身のお義姉さんも住んでいてAさんの家族さんにんと夫のお祖父ちゃんお祖母ちゃんをあわせて8人家族なのである。Aさんはまだパソコンもあまり使えないし赤ちゃんも小さいため炊事、洗濯など家事をすることで家族に貢献している。ただ、夫の給与が限られることもあり、自分のお小遣いはほとんどない。また、トイレは2つあるがお風呂は一つであり、8人で使っている。夫の部屋だったところに家族3名で暮らしており、なかなかプライバシーを維持するのが難しいところなのだ。

 

夫が到着してお話をしていると「Aさんはやはりパソコン教室には通っていないだろう。」ということになった。お義姉さんは怒っていた。救急外来にはAさんの両親、夫の両親も揃い、家族会議が始まってしまった。

 

救急医はAさんとお話をすることにした。

「10代で夫の実家に同居されているのは大変ですね。2世帯住宅の設計になっているわけでもないようなので結構大変ではないですか?」

「先生、私苦しい…同級生は今買い物とかして綺麗な洋服を来たり人生を楽しんでいる。私も子供が可愛いけど今はお財布に900円しかないんです。みんながとても親切にしてくれるけれど、お風呂にもゆっくり入れない。ご飯ももう少し食べたいと思うけど遠慮してしまうんです。」

 

問題解決:

救急医は夫と話すことにした。

「旦那さんAさんはパソコン教室にはいっていなかったみたいですね。」

「そうみたいです。でも色々と苦しい状況にあったのではないかと思っています。少し環境を変えた方がいいのかもしれません。」

「そうですね。Aさんのご両親とも話してみます。」

 

ご両親

「Aはとても頑張っています。大家族に同居していて働いていないのでまだ10代なのに家事を一手に引き受けて、子育てをしています。そんな中、パソコンの勉強をしたいという気持ちは本当だったのだと思います。実際に教室には行っていなかったのかもしれない。でも彼女にとって家事でもない育児でもない一人の時間が必要だったのではないかと私たちは思っています。ご飯も食べたいだけ食べれないし、お風呂もふっくりできなのいのは不憫です。涙がとまりません。先生!Aを私達の家に一時的に連れていきたいととおもっています。」

夫に

「旦那さん、Aさんのご両親はAさんは実家に帰ったら?とおっしゃっています。たしかに今回は失神ということできています。ただ、実際のところは心身ともに疲れて果ててしまってのではないかと私は思っています。一旦お子さんと一緒に実家に帰ってゆっくりさせてあげたらどうでしょうか?」

「そうですね。実は僕も同じことを考えていました。Aの姉は会社を経営していてAがパソコン操作ができたら雇用しくれるという話も出ています。僕の給料だけじゃ難しいけど共働きになれば3人で独立できると思います。それが一番の解決策じゃないかと思っています。」

「そうですね。それはとても良いアイデアだと思います。実現までハードルはあるかもしれませんが、少しづつ努力をしてみてください。」

救急医はAさんの担当保健師にも電話をした。

 

教育:

研修医から救急医は質問された.

 

「先生のやっていることは全く医療じゃないように思います。診療報酬には全く反映されないですよね?家族の問題に医師がそんなに首を突っ込む必要があるんですか?かなり手間もかかるし…」

「そうですね。確かに私は余計なことをしてしまったのかもしれません。ただ、ERは現代の駆け込み寺の要素もあるのです。この患者さんを神経調節性失神と診断して経過観察後に帰宅をしてもらうことはとてもシンプルです。ただ、彼女の社会的な状況はそれでは解決しません。Aさんは苦しくて苦しくてなんとか誰かに助けてほしくてやっとのことで救急車で病院にきたのではないかと私は思いました。今日は幸いなことに他の患者さんもあまりいらっしゃらず、私が問題解決をすることができる状況でした。それであれば診療報酬に反映されていなくても、おせっかいでもAさんの家族のためにベストなソリューションをプロの救急医として提供したかったのです。」

 

Disposition:

Aさんはお義姉さんに会って謝りたいといった。「お義姉さん。ごめんなさい。」とシンプルに謝ってあかちゃんを受け取り、両家の話しあいのあとに実家に帰られた。そのときの安心した顔に救急医も安堵したのだった。

 

10代の母親になった皆さんの状況:

東京都にて調査の報告がある。「3歳までの家事や子育てについてはほとんどを主に本人が行っており、子の父の子育てへの参加が非常に少ないといえる。」また経済的に厳しい状況がある。医療者も社会の一員として問題の解決に臨む必要があると考えられる。

 

参考資料:

https://www.tcsw.tvac.or.jp/chosa/report/0309_01.html